中小建設企業のデジタル化 1

一昔前の建設業というとデジタル化が進まない旧態依然とした業界でした。
しかしこの10年ほどで業界全体にも大きな変革が及びデジタル化へのインセンティブが高まっています。
ただし、業界全体といっても大手と中小ではその内実も異なっています。
ここでは中小の建設企業のデジタル化について現状と今後の展開について各種データを駆使して以下の構成に沿って考察します。

  1. 建設業のデジタル化、その現在位置
  2. 中小の建設企業を取り巻く環境変化と課題
  3. デジタル化の方向、その選択肢

1. 建設業のデジタル化、その現在位置

もともと建設業というとデジタル化が進まないレガシー業界というイメージが定着しています。
はたしてそのイメージが正しいのか、正しいとすればどのような事情が建設業、建設企業全体の共通の課題となっているのか。
ここではその共通の課題について各種データから考察してみたいと思います。

1-1. 建設業務とIT化のレベル比較

少し古い資料ですが、国土交通省が平成16年に公表したITを活用した「コスト管理の合理化について~経営コックピットの構築を目指して」(以下「経営コックピット)というガイダンスに興味深い調査があります。
このガイダンスは中小建設企業向けのIT利活用による経営合理化に関するものなのですが、建設業の各業務に要求される管理レベルと現状のIT化のレベル比較に関するアンケート調査があります。

 

ITを活用したコスト管理の合理化について_自己診断に基づいた企業の業務レベル及びIT活用レベル

このアンケートでは

  • 設計

などでIT化が進んでいる半面

  • 企画、マーケティング
  • 受注活動
  • 積算入札
  • 実行予算。施工計画
  • 調達手配
  • 工事
  • メンテナンス
  • 組織管理

といった管理項目では求められる各業務管理レベルにITの活用が追い付いていない実情が浮き彫りになっています。
建設企業の業務管理はその多くが社内で統一された基準やプロセスに従って管理されています。
それに対してITの活用レベルは、個別システムは計画的に導入済であるが、社内での統合的運用には至っていない。
それが平成16年時点の中小建設企業向けのIT利活用の様相でした。

建設業界は企業数が430,999社(2016年調査)と卸・小売業、宿泊・飲食業についで多く、さらにこのうち中小企業が占める割合が99.94%と1次産業以外の主な業種で最大となっています。
許認可事業である建設業は現場管理や安全管理に関して、また経営の適法性について行政から厳しい管理を受けています。
しかしその一方、調達や予算管理などのバックオフィスについては、これだけ多くの企業がめいめいの慣行で業務を積み重ねてきています。

「経営コックピット」から一例をあげます。
建設業にとって重要な管理業務に実行予算の作成があります。現場毎の原価管理の基準となる数値の設定です。
この実施状況について「経営コックピット」で調査を行っています。

「経営コックピット」~実行予算の作成状況

同じ企業でも、実行予算を作成している場合、いない場合があり、かつ作成している場合でもそれを着工前に実施していないケースが全体の60%もある、という結果です。
企業や現場の規模、経営方針などにより建設業の管理業務の標準化が業界としては一律に進んでいない実情が浮き彫りになっています。

ITはそもそも定型化された業務の自動化が得意なのですが、建設業にあってはその業務が十分に標準化されていない、つまり定型化されていないのです。
ここに建設企業において、その基幹業務へのITの適用が進んでいない原因があります。

ちなみに、「経営コックピット」には建設業務の統合システムイメージが掲載されています。

「経営コックピット」~経理と連動した工事原価管理システム

諸々の課題を提起しつつ、原価管理、調達管理、経理処理を連携させ、事務の効率化を目指すイメージはすでにこの時点で提示されている点注目すべきです。

1-2. 現在のIT利活用、その内実

年号が令和に改まった現在、当時のこれらの課題がどこまで解消されているのかについて2021年度中小企業白書「第2章 第1節 我が国におけるデジタル化の動向」(以下「2021年度中小企業白書」)から読み解いてゆきます。なお、令和2年度の中小企業白書のデジタル化関連の調査は(株)野村総合研究所「中小企業のデジタル化に関する調査」からの引用になります。

なお、「2021年度中小企業白書」のデジタル化関連の調査は(株)野村総合研究所「中小企業のデジタル化に関する調査」からの引用になります。
これは同社が2020年12月に中小企業・小規模事業者(23,000 件)を対象にアンケート調査を実施(回収4,827 件、回収率21.0%)したものです。
ここでは導入済のITツールについてのアンケートが、中小企業全体と建設業を含む業界毎に集計されています。

2021年度中小企業白書~ITツール・システムの導入状況

建設業において導入されているITツールは以下の通りです。

人事58.2%
経理55.3%
グループウェア50.1%
販促取引先管理33.6%
生産管理63.9%
ERP基幹管理システム27.5%
コミュニケーション59%
情報管理26.5%
経営分析22.5%
業務自動化7%

このなかで他産業と比較して特徴的なのが生産管理分野の進展ERP基幹システム分野の伸び悩みです。
建設業において、生産管理とはとりもなおさず施工管理ということになります。タブレット端末を活用した施工管理システムの普及などがその代表的な例といえるでしょう。
ERP・基幹システムは、小売業や卸売業などではPOSに相当する領域です。
建設業においては経理システムや調達システムと連動した予実算システムがこれに該当するでしょう。
先に触れた「経理と連動した工事原価管理システム」がまさに該当します。

平成16年度の国土交通省調査にあるような、基幹の管理業務(積算入札、実行予算・施工計画、調達手配、施工管理)のIT化に難渋している構図は基本的には変わっていないとみていいでしょう。
この点は建設業のデジタル化の引き続きある大きな課題として留意すべきです。

こうした建設業界、業務の特徴に加えてデジタル化にとって障壁となっている事情は他にもあります。
中小の建設企業のデジタル化に向けた課題について引き続き、2021年度版中小企業白書から引用します。
業種別のデジタル化に向けた課題についての調査結果が公表されています。
デジタル化に向けた課題を類型化して業種毎に当てはまる/当てはまらない、を調査したものです。

2021年度中小企業白書~デジタル化に向けた課題(業種別)

建設業が感じている課題としては

アナログ文化が定着している50.2%
明確な目的が決まっていない41.5%
組織のITリテラシー不足39.1%
長年の取引慣行30.8%
資金不足11.6%
活用したいITツールがない9.5%
部門間の対立3.8%
その他3.6%

全体をグラフでみると、業種ごとに顕著な差異があるような印象はありません。
「組織のITリテラシー不足」は中小企業共通の課題です。
ただし、建設業の場合は、ITを苦手とする高齢者が多い半面、ITへの受容性の高い理系出身者も多い業界である点、他産業と内実は異なっているかもしれません。
世代交代と併せて企業マインドをリセットすることで大きな変革が可能になる余地があります。
「長年の取引慣行」は元請優位なヒエラルキー構造にその原因があります。このテーマに関しては別稿で考察を加えたいと思います。
近年、建業法などで下請け(=協力会社)の権利保護は改善されてきてはいますが、元請から強いられて慣例化した契約条件や契約変更要件を改善するのは中小企業にとって相当なエネルギーを要します。
「資金不足」はむしろ全体平均からすると恵まれている業界と言えます。
そのなかでやはり全産業の平均と比較して勝っている項目としては「アナログ文化・価値観が定着している」「長年の取引慣行に妨げられている」というのはイメージと相違なしといえるでしょう。

ここまでの考察から建設企業のデジタル化を困難にしてきた業界特有の事情は以下のように整理することができます。

  • 企業間の標準化が進まない建設業務
  • 定着しているアナログ文化と価値観
  • 改革を阻む長年の取引慣行
  • ITリテラシー不足

1-3. 外部環境変化と変わりつつあるデジタル化への意識

しかしこの10年ほどで様相がかわりつつあるようです。
この稿では中小の建設企業に焦点をあてて、令和2年度の中小企業白書から中小企業全体、そして建設業におけるデジタル化の現状を読み解いてみたいと思います。

この10年間、業界の中におけるデジタル化に関連する変化を「内部環境変化」とここでは呼ぶことにします。
その内部環境変化としてあげられるのが

  • 生産性やコンプライアンス順守を目途とした大手ゼネコン主導のIT化
  • CADや建設EDIの普及
  • 担い手の世代交代
  • 経営者の世代交代

こうした環境変化もあり、中小の建設業のデジタル化への意識はコロナ禍前にすでに全産業の平均に追いつき、コロナ禍後の積極性は他産業に勝っています。

「2021年度中小企業白書」に戻り、中小企業全体、そして建設業のデジタル化意欲について概観します。

2021年度中小企業白書~デジタル化に対する優先度の変化

デジタル化に対する優先度で「高い」「やや高い」をあげた中小企業は全体の45.6%。
建設業に関してはコロナ禍以前ですでに全産業平均を上回る47.7%が「高い」「やや高い」と回答しています。
従来からのレガシー産業仲間であった運輸業(31.6%)と比較すると格段の差となっています。
更に注目すべきは、そのコロナ禍後の意識の変化です。
建設業では「高い」「やや高い」が64.8%に上っており、ここでも全産業平均を上回っています。
情報通信や学術研究業のレートが高いことを別にすれば卸売業と並んでデジタル化意欲が高い業種となっています。

建設業と卸売業、ともに従来から「アナログ文化・価値観が定着している」業種とされてきました。
これまでのデジタル化の遅れに対する危機感が少なからずこうした意識に反映されているとみて間違いないでしょう。

また、建設業の場合に注目すべきは、そのコロナ禍後の取り組みの内容です。
中小企業全体、そして建設業のデジタル化の意識について中小企業白書「第2章 第2節 中小企業におけるデジタル化に向けた現状」から引用します。
デジタル化、IT化というアンケートを取った場合、特に中小企業においてその内実が電子メールやExcelの利用程度のものまでカウントしています。
しかし、この調査はデジタル化の目的にまで踏み込んでおり、業種毎のデジタル化の検討における重要項目を

新たな事業や製品、サービスの創出と改善
サプライチェーンの最適化・生産プロセスの改善
経営判断や業務プロセスの効率化・固定費の削減
情報セキュリティ対策の強化・法規制のクリア

に分類して業界毎の集計を行っています。

2021年度版中小企業白書~感染症流行に伴い最も重要度が上がった項目

なお、コロナ禍後のデジタル化についてITツールベースで集計すると、全産業的に「WEB会議」が上位に上げられています。
この「WEB会議」を①~④いずれに分類しているかが業種毎の重要項目のバラつきとなっている可能性があります。
それであっても建設業において重要度が高いのは「経営判断や業務プロセスの効率化・固定費の削減」を目指したデジタル化である点が注目されます。
先に述べたようにこれまで建設業の業務プロセスは複雑である上に、企業間の標準化が進んでいませんでした。
この領域へのデジタル化に中小の建設企業が興味を示しているのは相当に大きなインセンティブがあるからに違いありません。

中小企業白書ではデジタル化の必要性を感じたきっかけについても調査が行われていいます。
デジタル化の必要性を感じたきっかけについて類型化をしてアンケートの集計を行っています。

2021年度版中小企業白書~デジタル化の必要性を感じたきっかけ

建設企業のデジタル化のきっかけになった要因として以下が挙げられます

経営課題の解決、経営目標の達成のため63.3%
取引先からの要請・要望があったため43.1%
法規制に対応するため22.0%
外部機関からの指摘をうけて7.1%

「経営課題の解決、経営目標の達成のため」というインセンティブは一番大きいですが、全体と比較すると運輸業や生活関連サービス業と並んで相対的には決して大きくはありません。
特徴的なのは「取引先からの要請・要望があったため」「法規制に対応するため」という項目です。
言うまでもなく、建設業には大手ゼネコンを頂点とした堅牢なヒエラルキー構造があります。
大手を中心にゼネコンはこの20年間、他産業と比較しても顕著なIT化を進めています。
この流れは一時期のコンプライアンス関連のスキャンダルなどがきっかけとなってその配下の協力会社にもIT化の要請という形で及んでいます。
これが「取引先からの要請・要望があったため」という動機づけにつながっているわけです。

1-4. 業界のIT化を推進する大手ゼネコン

<IT化に関する大手ゼネコンの意図>

  • 自社事業に関するサプライチェーン構築による競争力と収益の拡大
  • 深刻な人手不足に直面した協力会社と人材の囲い込み

さらに建設企業、特にゼネコンは小泉政権下の公共事業削減による焼野原を経験して、外注の活用スキルを上げることで固定費の徹底的な削減を目指しています。
また一方で人材不足等の大きな外部環境の変化を敏感に感じ取っており、良質な協力会社を自社のサプライチェーンに組み込むためのツールとしてITの活用を意図しています。

建設EDI、グリーンファイル、CADの導入などが代表的な例でしょう。
中小の建設企業のIT化インセンティブとして「取引先からの要請・要望があったため」「法規制に対応するため」が優位となっている背景にはこうした事情があります。
業界構造は堅牢なので、協力会社は元請企業の要請にある程度応えてゆかなければなりません。
建設業界全体としてこうした傾向は続いてゆくことでしょう。

ただし、こうした大手ゼネコン主導のIT化については

  • 協力会社の収益改善につながるとは限らない
  • 協力会社における経営の独自性が薄まる
  • 規格やITツールが業界として統一されない
  • 中小の建設業のITリテラシーが追い付いてゆかない

こうした懸念があります。

今後取り組んでゆかなければならない基幹業務のデジタル化。
それを、大手のサプライチェーンに入る形で実現しようとするのか。
経営の独自性を残しながら自社にあったデジタル化を推進してゆくのか。
中小建設企業にとって、現在はデジタル化の分岐点になっています。

1-5. 本稿のまとめ

  • 建設企業の基幹業務についてそのデジタル化は遅れをとってきた
  • その背景には業界横断的な業務の標準化の遅れと文化や商慣習がある
  • しかし、ここにきて建設業においても基幹業務のデジタル化への機運が高まっている
  • その背景には業界におけるサプライチェーンの構築を目指す大手ゼネコンの要請がある
  • 中小の建設企業にとってのデジタル化にはこうした流れを踏まえた判断が求められる

次稿「2,中小の建設企業を取り巻く環境変化と課題」では
中小の建設企業に焦点を当てた環境変化の考察と、自社の経営改善を達成するために必要なデジタル化に対する視点についてご紹介いたします。

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